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2007年4月30日 (月)

原稿

チラシの原稿作成をしている。

なるべく読みやすく、分かりやすく、写真も載せて、そして内容の充実したものにしたい。

そう思うと、なかなか進まない・・・

何に使うチラシかは、近いうちに書くかもしれません。

いや、書かないかも(笑)

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2007年4月29日 (日)

神事

上地八幡宮にて行われた、春季大祭と英霊祭に出席した。

五穀豊穣と諸産業の発展、そして戦争で亡くなった英霊に感謝する神事である。

私は、この神事に出席する度に、宮司の方達の靴がいつも気になる。

1190年、鎌倉時代初期に、この八幡宮は作られたという古い歴史があるのだが、その頃から同じ様な靴を履いていたのだろうか。

おそらく木製だと思うが、ピカピカに光った厚底のスリッパみたいな形なのだ。

とても歩きにくそうなのだが、ちょっとカッコいい。

一時期、若い女性の間で”厚底サンダル”が流行ったが、もしかすると歴史は何度も繰り返されているのかもしれない。

そんなよそ事を考えてしまう事もある(笑)

一回、履いてみたいなあ。

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2007年4月28日 (土)

エピソード

上地小学校職員歓送迎会に出席した。

毎年、この時期に行われる、この会には学区の総代会役員ら130名程が集まる。

先日、とある方に

「大原さんの挨拶はいつも短いけど、長く喋れるの?」

と聞かれた事があった。

という事から、本日の挨拶はエピソードを交えていつもより長く話した。

そのエピソードというのは、先日、車に乗って信号待ちをしている時に、雨が降っている中、傘もささずに、掴み合っている小学生がいた。

しばらく見ていると、片方の子どもが、お腹に強い膝蹴りを入れた。

そこで、私は、近くに車を停めて声をかけようと近づいた。

私は、蹴られた方の子どもが助けを求めてくると思い込んでいたのだが、私が近づくにつれて、蹴られた方の子は、”悪い事をしているのを見つかった時”のような表情をしだした。

そして、私が「どうしたの?」と声をかけると、蹴られた方の子が

「何でもないです。」

と笑って答えたのだ。

すると、近くにもう1人いたのだが、3人の小学生は全員で笑い出し、傘を拾って同じ方向に歩いていった。

私は、1人で取り残されてしまったのだが、いまだに、一方的ないじめだったのか、対等なケンカだったのか、単にふざけていたのか、判断がつかない。

もしかすると、子ども達自身にも良く分かっていないのかもしれない。

こういった状況判断の難しい場面が、教員の前では日常茶飯事なのかもしれない。

年々、教員に対する世間の目は厳しい物になっているが、(私達、議員もそうだが)、前向きに頑張っていって、私の母校でもある上地小学校を盛り上げていって欲しいと思う。

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2007年4月27日 (金)

収支報告書

公園緑地課、企画課、人事課、建築指導課にて、それぞれ調べ物をした。

そして、研修報告書と政務調査費収支報告書を完成させて、議会事務局に提出した。

提出期限ギリギリセーフである。

最近の活動で、かなり疲れたので、ゆっくりしたいのだが、そんな事は言ってられない。

6月議会の一般質問の原稿を作成しないといけない。

昨年は、4月から2ヶ月間かけて作ったので、もう遅いぐらいである。

そして、一般質問が終わったら、また駅での街頭演説が待っている。

あー。

コピーロボットが欲しい・・・

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2007年4月26日 (木)

新聞

上地小学校体育館にて行われたPTA総会に来賓出席した。

3月・4月は挨拶する機会が本当に多い。

そろそろネタ切れである。

本日、ついに2年ぶりに、”上地小学校第1回卒業生”というフレーズを使ってしまった。

当選後は、私の事を覚えてもらう為に、半年ほど挨拶の度に言っていたのだが、しばらくは封印していたのだ。

来年の春には、もっと困る事になりそうだ・・・

そして、夜は、PTA役員新旧歓送迎会に出席した。

車に乗せて行ってもらったので、久しぶりにビールを飲んだ。

今年になって酒を飲むのは2回目である。

ただし、帰宅してから政務調査費の収支報告書を作成しなければならなかったので、コップに半分も飲まなかった。

提出期限は明日である。ラストスパートだ。

そして、本日の新聞に、市民オンブズ岡崎の代表者の岡崎市議会議員に対する厳しいコメントが載っていた。

「視察の報告書を見ても一生懸命頑張っている議員は2・3人」

その2・3人のうちに私が入っているかどうかは分からない。

(先日の手紙の事もあり、私自身は勝手に入っていると思い込んでいる)

しかし、どうせなら実名を載せて欲しいなあ。

もしかして、実名を言ったけど新聞社が伏せたのかもしれない。

あ!直接、本人に聞いてみようかな・・・

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2007年4月25日 (水)

総務企画委員会

総務企画委員会に出席した。

本市の財政状況の説明があった。

市が借金する事の理由の一つとして、”世代間の公平”という言葉がある。

例えば、長く使用される施設などの建設費は、将来の市民にも負担してもらう為に、わざと借金しているというのだ。

しかし、少子化が問題となっている現在、将来に負担を残すのであれば、子どもを産みにくくなるし、そもそも、日本人の数自体が減りつつあるので、”公平”どころか”不公平”だと思うのだが・・・

そして、半田市の竹内こうじ君から連絡があった。

選挙中はあまりにも多忙で、あまり深く考えずに日記を書いていたので、書き忘れた事が二つあった。

一つ目は、投票日の22日は、なんと竹内君の奥さんの出産予定日だったのだ。

選挙事務所の中を、大きなお腹を抱える様にして歩いているのを見ると、いつもハラハラした。

もし、私の目の前で赤ちゃんが出てきてしまったら、どうやって受け止めようか、半分、真剣に考えたものである(笑)

しかし、実際には昨日の24日に娘さんが産まれたそうだ。

同じ日に”Wおめでた”とはいかなかったが、それでも”おめでたい”ことに違いはない。

選挙の当落も心配だったが、奥さんと赤ちゃんの事も心配だったので、本当に良かった。

そして、二つ目。

以前の半田市議会議員12名が、政務調査費を使っての研修中にさぼってラベンダー畑等を観光した問題を皆さんは覚えているだろうか。

マスコミが一時、大騒ぎしていた問題である。

そのせいで、半田市の政務調査費は0円になってしまった。

これでは、真面目に勉強しようとする議員が大変だ。

そして、今回の半田市議会議員選挙では、そのうちの8名が再び立候補した。

皆さんは、そのうちの何人が当選したと思いますか?

答えは、7人です。

そして、落選した1人というのは、地元で何人も立候補し、票を取り合ってしまったせいだという分析がされている。

反対の書き方をすれば、定数25名で立候補者数34名だったので、落選した9人のうちで、ラベンダー畑などを観光したのは、たったの1人という事である。

という事は、政務調査費を使って遊びに行った事は、半田市民にとって、投票するかどうかとは関係無い事になる。

半田市民の皆さん、これでは政治は良くなりませんよ。

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2007年4月24日 (火)

ラブレター

行政改革検討特別委員会を傍聴した。

市の組織の今までの改正内容と、今後の課題等の説明があった。

そして、市民オンブズ岡崎から手紙が届いた。

各会派と無所属議員の一昨年の政務調査費使用状況と指摘事項についてが書いてあった。

市に請求すれば、いつでも見る事ができる情報なのだが、資料としてまとめてある所を見ると、大変そうだなあと思う。

読んでみると、各会派について、「市に返還するべき。」「個人明細が必要である。」「政策形成の視察とは言い難い。」

と、厳しい意見がいくつも書いてある。

恐る恐る、私の所を読むと・・・

「おおむね適正な支出がされていると考えます。」

とたった一言だけ書いてあった・・・

ラブレターの様な愛情表現とまではいかないにしても

「アンタは偉い!」ぐらい書いてもバチは当たらないと思う(笑)

ただ、元々は皆の税金を、適切に使う事は当たり前なので、別に褒められる事でも何でも無いと言えばその通りである。

そして、研修の報告書の作成をした。

昨年度は、ビジネス実務法務検定の勉強や、FMおかざきのパーソナリティー養成講座等があったり、先週の選挙の手伝いなど、仕事以外で時間をとられる事があったが後悔はしていない。

今週、一度くらい徹夜で頑張れば、取り戻せるからである。

もう日付も変わり、午前4時である。

チーズとヨーグルトを食べて寝ます。

おやすみなさい。

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2007年4月23日 (月)

デスクワーク

デスクワークがたまってしまったので、やれる事から行なった。

スケジュールの確認や、メールの返信、そして、ずっと格闘してきた研修の報告書などだ。

昨年、1年間の政務調査費の収支報告書は、まだ何も手をつけていない。

早く楽になりたい・・・

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2007年4月22日 (日)

投票日

祭りで、御輿を担ぐ事から一日が始まった。

選挙で疲れきっている体に、雨の中での御輿は本当につらい。

1人だけ悲しそうに担いでいる姿を見かけた方は、忘れてください(笑)

そして、安城市の石上まこと事務所に行き、開票速報を待った。

最初は、横並びの票数も、開票が進むにつれて、だんだんと差がついてくる。

この瞬間がワクワク、ドキドキして面白い。

しかし、自分の選挙は別である。

開票前に、私の地元の投票率が低いと知った時は、ウロウロしたり、狭い所をグルグルと歩いたり、本当に落ち着かなくなったものだ。

そして、ついに2期目の安城市議会議員 石上まことさんが誕生した。

そして、そして、3月4日の日記でも書いた通り、ついに永田あつしさんがトップ当選をした。

過去2回の選挙とも2位だったのだが、前回よりも500票も伸ばしての当選であり、本当に嬉しい。

実は、根本的な選挙手法は私と同じである。

頑張らなくてはいけないと、静かな炎が心の奥底から燃えてきた・・・

そして・・・

私達スタッフが物凄く苦労した(笑)、半田市の竹内こうじ君も当選した。

日記には書かなかったがトラブルやアクシデントの連続だったし、あんなに人使いの荒い選挙事務所など初めてである(笑)

次の選挙は、家族や回りの友人達の為にも、しっかりとやって欲しい。

そして、もう1人の秘書時代の後輩である、豊川市の、おおたけりえさんもトップ当選した。

皆さん、おめでとうございます。

石上まこと事務所にて、お茶で乾杯をし、半田市に向かう。

竹内こうじ事務所では、バンザイは終わっていたので、ほとんどの人は帰ってしまったが、皆、本当に嬉しそうな表情をしていた。

勘のするどい方は、この活動日記を読んでいて気付いたと思うが、途中から半田市での手伝い一色になった理由は、かなり厳しいと思ったからである。

全力を尽くして私のできる事はやったのだが、正直、今日の結果はダメかもしれないと思っていたので、嬉しさよりも驚きの方が大きい。

竹内君の横で、青色のジャンバーを着ていた私の応援演説を、竹内こうじ君本人と間違えていないかどうかが少し心配だ(笑)

もう、3時を回ってしまったので、そろそろ眠ります。

おやすみなさい。

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2007年4月21日 (土)

選挙最終日

朝は、半田市のJR亀崎駅にて駅立ちをした。

その後、各スーパー前で街頭演説。

そして、一旦、岡崎市に戻り、地元町内の行事に出席した。

毎年、神事と花見を行なっているのだ。

しかし、本日、ついに、議員になって以来始めての遅刻をした。

遅れるかもしれないとは伝えておいたものの、本当に遅刻してしまうのは、申し訳ない。

丁度、神事が終わった所だったのだが、何人もの方が「お花見の方が大事だからいいよ。」と仰ってくださった。

本当に有り難い事である。

そして、花見に出席し、先日、依頼のあった件で、ついでに公園の状況を見てから、半田市に戻った。

そして、最後まで電話がけを行なった。

私達にやれる事は全てやり切った。

あとは、明日の結果を待つだけである。

おやすみなさい。

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2007年4月20日 (金)

選挙6日目

午前中は半田市の事務所で電話がけ。

だめだ・・・

体が疲れており人間の声しか出せない(笑)

天使の声は、かなりエネルギーを使ってしまうので、継続してできないのだ。

午後は、街宣カーに乗り、カラスや応援演説を行なった。

この1週間、私は候補者の秘書役だった。

なるべく候補の近くに居て、支持をすぐに聞ける状態にしていたり、気が付いた事をすぐに知らせたりするのだ。

そして勝手にボディーガードのつもりでもいる(笑)

秘書をしていた期間が約2年半、辞めてからの期間が約3年半なのに、いつでも秘書に戻れるのだ。

半田市の後輩は、けっこう挑戦的である。

多少の無理をしてでも票を取りにいこうとする。

駅や保育園での挨拶をしていると、票が減ってしまうのではないかと心配になるぐらい積極的である。

そんな時は秘書役の私が、わざと候補から離れて、遠い場所で謝るのだ。

「お騒がせしてすみません。宜しくお願いします。」

「ご迷惑をおかけしてすみません。宜しくお願いします。」

やはり、なるべく候補のしたい様に、私は、させてあげたいと思っている。

秘書役の私が、深く頭を下げて、少しでも気持ちを和らげてもらえればと思っている。

残りは、明日の1日しかない。

半田市の選挙は定数25人で、9人も落ちる大激戦である。

悔いの無い様に精一杯やろうと思う。

もう眠気の限界なので、誤字があるかもしれませんが、寝る事にします。

おやすみなさい。

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2007年4月19日 (木)

選挙5日目

朝は、名鉄 新安城駅南口にて駅立ちを行なった。

他の候補者もいたので、駅に向かって歩いていくと、まず黄色のジャンバーの集団が1列にならび、候補者は歩道の真ん中で挨拶。

そして、青色のジャンバーの集団に変わり、また候補者が挨拶をする形になった。

派手なジャンバーが長く1列に並んでいる通りを歩いて、真横から挨拶をされ続けるのは、通勤、通学には本当に迷惑である。

そして、8時から候補者が街頭演説を行い、私達スタッフは事務所に戻った。

そして、2時間、電話がけをした。

半田市での街頭演説のおかげで声が少しかれてしまい聞き取りにくいらしく、たびたび相手から「はい?」と聞かれる事があった。

先日の様にお礼まで言われてしまう私のエンジェルボイス(仮称)は全く、なくなってしまったのだ・・・

私が少し話し出しただけで、相手からは

「はいはい。分かってますよ!」

とガチャ切りされたり、

「はい。   はい。    はい。    はい。    プチ。」

と、最後まで低いトーンで「はい。」しか言われない場合が多くなってしまった。

若干、落ち込むが仕方がない。

それは、声がかれてしまった事ではなく、大昔の私も、選挙の電話には、そういった対応をしていたからだ。

ただ、私は使い捨ての身なので、別にどうなっても良いのだが、電話がけの反応を、初日よりも、良くできなかった事が悔やまれる。

票が減る事は無いと思うが、あまり増やせなかったのかもしれない。

本当は、一旦、街頭演説をしたら、あまり電話がけはしない方が良いのだけれど・・・

そして、半田市に移動し、ここでは7時間、電話がけを行なった。

もちろん、7時間ぶっ通しではなく、細かな休憩を入れながらである。

そんな中で、とある人の電話がけが事務所の雰囲気を良くしてくれた。

「奥さん、もう投票する候補は決めちゃったんですか?」

と馴れ馴れしく、”みのもんた”の様に世間話をするのだ。

これが案外、反応が良いらしい。

聞こえてくる内容に、回りの私達は笑いをこらえながら話すのが大変である。

そして、演説をしなかったので、朝よりは、声の調子が戻ってきた。

特に電話がけの最後の30分は、電話がけのスタッフがそれぞれ盛り上がってきた事もあり、エンジェルボイス(仮称)が自然と少しだけ戻ってきた。

そして、候補者の知名度も、だんだんと上がってきているのを、電話がけをしていて実感した。

残りは、二日間しかない。

この二日間で当選ラインまで持っていけるのか、頑張り所である。

厳しい戦いではあるが、最後まで決してあきらめないのだ!

もしかすると、明日は候補者宅に泊まるかもしれないので、日記は書けないかもしれない。

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2007年4月18日 (水)

選挙4日目

朝、起きると喉が痛い。

そして、JR半田駅にて、まずは駅立ち。

私が手伝った安城市の候補と、偶然同じ青色のジャンバーを着て旗を持つ。

そして、8時になったので、演説をして街宣カーで出発。

本日は喉が痛いのに、一日中、街宣カーに乗り、移動中はカラス、スーパー前では応援演説を行なった。

すると・・・

なんと、痛めた喉をかばって、体が勝手に腹式の発声法をしだしたのだ(笑)

といっても、2年半前の自分の選挙の時もそうだった。

一番、喉が辛かったのは3日目ぐらいだったのだ。

カラスの時は、ボリュームを上げて、喉の負担を軽くする。

しかし、街宣カーの上に乗って話す演説の時は、反対にボリュームを下げるのだ。

その分、自分で声を張り上げなくてはいけないのだが、その方が声に想いが乗せられるのだ。

後輩と2人で街宣カーの上に乗って演説をしていると、4年前の秘書時代の2人を思い出す。

毎週末に安城のザモールや、知立のアピタにて代議士と秘書が交代で演説してた当時が懐かしくなる。

他の国会議員事務所では、おそらく、秘書どころか議員でさえも演説をしない事務所もあるので、”街頭演説”という選挙に使える武器を磨かせてくれた場所だった事に感謝をしたい。

本日は、雨がだんだんと強くなり、街宣カーの上で演説をする時には青色の傘をさしながら話した。

これは、本当に目立つ。

目立つ事が目標である選挙運動には最適である。

ただ、選挙運動は迷惑行為だという意識も、もちろん持っている。

同じ学校の卒業生だという事で勝手に選挙ハガキや投票依頼の電話がかかってきたり、通勤時の駅では、無理やり握手を求められたり大勢で一斉に「おはようございます。」と言われたり、夜勤で眠っているところを街宣カーの声で起こされたりと、私達候補者側の一方的なお願いという事は十分分かっている。

しかし、しがらみの無い政治を目指すためには、全くの他人と数多く会える、駅や大型スーパーの駐車場などで、候補の声を直接聞いてもらう事が効率が良いし、各所で名前を売らなくはならない。

選挙ハガキを送った相手や電話がけをした相手が、たまたま、演説をしている候補者の声を聞いた時などは、更に相乗効果が現れると思う。

こうやって、少しずつ少しずつ票をかき集めていくしかないのだ。

今回の選挙は、私の選挙よりも、もしかしたら厳しい戦いかもしれない。

しかし、私達の想いは必ず届くと信じて、明日も頑張るのだ。

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2007年4月17日 (火)

選挙3日目

5時40分に起き、仕度をしてJR安城駅に向かう。

まずは、朝の駅立ちである。

選挙期間中は、8時から20時までしかマイクを使ってはいけないので、8時以前には、単に「おはようございます。」と言って、候補者の肩にかかっているタスキを見てもらうしかない。

私達スタッフはイメージカラーの青色のジャンバーを着て、青色の旗を持ち、通勤客らに挨拶するのだ。

握手を求めてくる人、全く無視する人など反応は様々である。

そして、8時になり、その場で候補者が演説をした。

一旦、事務所に戻ると、どこからか「○○が無いなー。」という声が聞こえてきたので、コンビニまでひとっ走り。

フットワークの軽さには自信がある。

そして、なぜだか「街宣カーに乗って欲しい。」と頼まれた。

頼まれてしまっては、「イヤ。」とは言えない。

ウグイス嬢の男版は、”カラス”と呼ぶらしい。

昼までの2時間、安城市内を移動している間は、ずっと私が声を出した。

カラスのコツは、言葉に気持ちを乗せる事である。

電話がけにも通じるが、淡々と名前を連呼しているだけでは、決して伝わらない。

そして、半田市に向かい、こちらでは、カラスと応援演説の両方を行なった。

私は、選挙手法のアドバイス、公職選挙法の知識、電話がけから、応援演説、カラスや買出しなど、何でもオールマイティーにこなせる、とっても便利なアイテムなのだ。

ドンジャラで言えば、ドラ焼きの牌である。(だっけ?)

ただ、私は良い意味での使い捨てだと自分の事を考えている。

例えば、正規のウグイス嬢や、もちろん候補者の喉を酷使しない様に、私はサポートする立場なのだ。

全然、選挙途中で声が出なくなっても良いのだ。

半田市の後輩は、今回が初挑戦なので、やはり、候補者もスタッフも緊張感がある。

だからこそ、私も演説についつい力が入ってしまう。

駅での議会報告の演説と比べると、明らかにテンションが違う。

演説は、スーパー前などに街宣カーを停めて、屋根の上の台に候補者と私と2人で乗るのだ。

そして、まずは私から10分ほどの応援演説をしてから、候補者が20分ほど演説をするのだ。

私は、自分の名前までは名乗らないが、元秘書の同僚であり他市の現職議員ということで、候補者について訴えるのだ。

選挙演説はカラスとは異なり、言葉に魂を込めるのだ。

全身全霊をかけて、1人でも多くの方に声が届く様に訴えていく。

細かな移動をしながら、街頭演説の連続である。

だんだんと喉が痛くなって、声もかすれ気味になってくる。

しかし、候補者はすでに声がガラガラである。

時々声が、かすれる候補者の演説を真横で聞いていると、胸がギューッとなって涙が出そうにもなる。

2年半前の自分の選挙と重なってしまうのだ。

私の選挙も本当に厳しかった。

少しずつ少しずつ、色々な方法で、色々な場所で票をかき集め、なんとか当選できた選挙を思い出してしまうのだ。

私も、その時は、かすれる声で、岡崎市内の駅やスーパーで必死になって演説した。

私の想いが必ず、岡崎市民に届くことを信じて、声を振り絞ったのだ。

そんな事を一瞬、思い出してしまう。

そして、同じ様に、私達の想いが必ず半田市民に届くと思って、本日も声を振り絞ったのだ。

明日は、一日中、半田市で活動をする。

後輩と私、そして手伝ってくれるスタッフとで、市内を駆け回り、1票でも掴み取ろうと思う。

こういった選挙スタイルは、半田市では唯一だろう。

選挙は、まだまだ中盤である。

どこまでも評判を高く高く上げていきたい!

なぜだか、本日も調子に乗って長い日記を書いてしまった。

3年以上も日記を書いていると、マンネリ化してくるので、普段、なかなか書く機会の無い内容だったり、帰宅後も、熱い気持ちが冷めずに興奮している場合などは、ついつい長くなってしまうのだ。

明日はもっと早い。

1時15分を過ぎたので、歯を磨いてもう寝ます。

おやすみなさい。

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2007年4月16日 (月)

選挙2日目

朝起きると、上半身の前側が筋肉痛だった。

最初は何故だか分からず、起き上がりにくい身体を起こして考えてみると、昨日の電話がけである。

想いを込めて必死に話すので、ついつい力が入ってしまうのだ。

昔、電話がけした時にも筋肉痛になった様な、なっていない様な・・・

実は、あまり記憶に残っていないのだ。

FMおかざきの講師が聞いたら、「そんな発声方法じゃダメよ!」と怒るかもしれないが、相手の反応を聞いている限り、ダメではないと思う。

電話がけについては、本当に色々な話し方がある。

私の様に熱く語る人もいれば、淡々と、しかも少し馴れ慣れしく、世間話をしながら、仲良くなってしまうやり方もある。

正解はないが、自分に合った話し方で結果を出せば良いのだ。

本日は、地区活性化対策特別委員会が開かれたので、傍聴をした。

私の所属している委員会ではないので、出席の義務も何も無いのだが、やはり1週間、丸々と岡崎を離れるのは気がひける。

確かに、所属委員が11名で、傍聴していた議員が私を含めて5名だったので、他の議員は、他の事をしているのだ。

委員会では、本庁や6ヶ所の支所別に、住民票などの発行件数や、出生届けなどの件数が報告された。

大平支所だけ、死亡届け件数の割合が多いのだが、理由を聞いて納得した。

近所に葬祭場が多いからである。

そして安城市の事務所に向かった。

すると、電話がけの方針を修正しようか検討中という事で意見を求められた。

臨機応変に、より良い方法に修正していくのは、大切な事である。

自分なりのアドバイスをした。

そして、電話がけをしてから半田市に向かった。

ここでも電話がけ。

ほとんど休憩も取らず、受話器を左耳に押し当てたままで、ひたすら次から次へとかけていく。

本日の電話がけは、結構、楽しかった。

その理由は、相手から

「わざわざご丁寧に有難うございました。頑張って下さい。」

と何人も何人も、お礼を言われる様になってきたからである。

もちろん、早く切りたいために

「はいはい。あー。分かってますよ!頑張ってください!」

と、私の話の途中で言い出して電話を叩きつける様に切る人もいるのだが、そんなのではないのだ。

相手が言い終わって電話を切るまでの時間も長く、丁寧に対応をしてくださる。

そうやって、相手が丁寧になれば、私も益々丁寧になるし、ストレスもほとんど無いから、かける件数がどんどん増えていくのだ。

そして、私が、ほとんど休憩も取らずに元気に電話をかけ続ける事で、回りのボランティアもやる気になってくるし、声も元気になってくる。

まずは技術よりも、雰囲気の方が大切なのだ。

もし、将来、立候補予定の方が読んでいたら、参考にしてみてください(笑)

そして、会議に出席し、まだ決まっていない事項を話し合う。

今まで選挙準備をして来たスタッフと違って、私は、たった初日に手伝っただけだったので、昨日は遠慮していた部分もあったが、本日の会議では、より良くなる様にどんどん質問したり意見を述べた。

そして帰宅したのは0時30分だった。

風呂に入って1時となり、食事をして、今、この文字を打っている瞬間は1時35分である。

しかし、秘書の時に経験した衆議院の選挙よりは全然マシである。

その詳細は、機会があったらまた書こうと思う。

明日は委員会も何も無いので、早朝から選挙の手伝いである。

早く日記を書ききって誤字脱字を直し、早く寝ようと思う。

そして、ついに演説デビューする事が決まった。

もちろん、候補者に頼まれたからで、私が「演説させろ」と言った訳ではない。

1票でも2票でも、もらえる様に、半田市民に私の全てを出し切って訴えていこうと思う。

おやすみなさい。

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2007年4月15日 (日)

告示日

上地小学校スポーツ少年団開講式に出席した。

以前は、代表児童達の

「練習は厳しいですが・・・」

という言葉を沢山聞けて、”そんなに辛いんだ・・・”と可哀想に思ったのだが、なぜだか、本日は、感想の発表自体が無かった。

こういう会は、やはり子ども達が主役であるので、私の挨拶は、子ども達へのエールを送る内容にした。

そして、地元町内の老人クラブである友愛クラブの定期総会と懇親会に出席した。

毎年の様に、懇親会では、全てのテーブルを回り、席にいる方にはお酒やお茶を2時間、注いで回った。(私はお茶しか飲んでいません)

そして、まずは安城市の選挙事務所に行った。

書きにくい事ではあるが、あんまり綺麗な事務所ではない。

しかし、大きな組織も無く、過去の2回の選挙とも2位という、好成績を残している。

やはり、事務所の姿形と、得票数はほとんど関係が無いのだ。

その事務所にて1時間30分、電話がけをした。

丁度、候補が街宣カーに乗って帰ってきたので、挨拶をしてから次の事務所へ向かった。

そこでは、街宣カーが帰ってくる時間が分かっていたので、丁度、その時間に事務所に付く様にした。

最近、何度も顔を合わせている候補と、挨拶をし、早速、電話がけ。

ここでも1時間30分、行なった。

そして、半田市の事務所に行き、ここでも電話がけを2時間行なった。

3ヶ所目の事務所に来る頃にやっとエンジンがかかってきて、より良い話し方を思い出してきた。

1票ずつ、1票ずつ掴み取る気持ちで、言葉に想いを込めて、丁寧に、しかも情熱を持って話すようにするのだ。

決して文章の棒読みだけは、してはならない。

それでは、ただの嫌がらせ電話になってしまい、全然、票に結びつかない。

6年前に秘書になった時は、丁度、参議院議員選挙が始まった。

そこで、運転手や電話がけやその他、雑用を何でも行なったのだが、この電話がけだけは、本当に苦手だった。

感情を込めて話す事が恥ずかしく、ついつい棒読みになってしまうのだ。

しかし、ある時、後援会の方が一生懸命に話しているのを聞いて、参考にし、開き直って、感情を込めて話せるようになった。

そして、色々な選挙を経験し、何度も電話がけをしているうちに、キツイ事を言われても気にならなくなったのだ。

人間、慣れてしまえば、何でもできるのだろう。

そして、会議に出席し、自分なりのアドバイス等をした。

まだまだ選挙は始まったばかりである。

応援演説の為に、喉のコンディションは、バッチリ整えてあるので、いつでも言ってください!

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2007年4月14日 (土)

がんばれ!

朝から、安城市の石上まこと事務所で手伝い。

事務所に看板が取り付けられ、だんだんと選挙事務所になっていく。

明日になれば、看板を覆っている紙を剥がして名前を堂々と出せる事になる。

夕方、大抵の準備は済んだので、半田市の竹内こうじ君の事務所へ行った。

竹内こうじ君は、私が秘書になった一月後に事務所に入ってきた後輩であり、現在33歳である。

何の組織もなく、同級生中心の選挙は、安城市の永田さんや石上さん、そして岡崎での私の選挙スタイルとかなり似ている。

最後まで気を抜かずにやり通せば、私は、勝てる戦いだと思っている。

手伝いに行く事を約束して、20時頃に、また石上まこと事務所に戻った。

そして、会議に最後まで出席した。

帰宅後は、完成した分の研修の報告書を印刷したのだが、用紙が途中でなくなった。

まあ、こんな日もあるさ。

最近、寝つきが悪いのだが、どうも身体が選挙モードになってしまったらしい。

ついつい候補者のマイクを奪ってしまいそうだ・・・・

頼まれるまで我慢します。

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2007年4月13日 (金)

嬉しい事

本日も研修の報告書の作成をした。

あと、残りは2月に行った研修のみとなった。

もう少しだ!

そして、後援会の看板がグラグラしていると聞いたので、立ててもらっているMさんの所に様子を見に行った。

そして、久しぶりにHさんやKさんと会う。

Kさんが嬉しい事を言ってくれた。

若い男性で、私の駅での演説を聞いてくれており、私に投票した人がいると教えてくれた。

私に投票してくれた2545人(自分自身を含めて2546人になる)は、どこの誰だか分からない。

なので、ここにも1人、あそこにも1人と知っていくのは、本当に嬉しいのだ。

そして、私の活動に無意味な事は無いと言って励ましてくれた。

こういう方達がいる限り、なんとかやっていけそうだ。

そして、夜の8時から安城の石上まことさんの事務所で会議に出席した。

石上さんと、同級生の方達、そして私を含めて6人で、選挙前の確認をした。

本当なら、明日は丸一日、報告書の作成をするつもりだったが、なぜだか、朝から石上さんの事務所で手伝う事になった。

こうやって、どんどん、私の事務仕事が溜まっていってしまうのだ・・・

ただ、もっと手伝ってあげれば良かったと後悔するよりは、全然良い。

私が政治の世界に飛び込んで、今度の7月で丁度6年間になる。

私の持っている選挙に関する知識を、邪魔にならない程度で、全て出し切ろうと思う。

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2007年4月12日 (木)

終わり

研修の報告書の終わりが見えてきた。

この日記を書いたら、また作業に戻って、土曜日までには完成させたい。

夕方はTさんと会った。

報告書の締め切りが迫っているし、私でなくても誰でも良い用事だったので、他の人にまかせようかとも思った。

しかし、私だけが忙しい訳ではない、皆、それぞれ仕事があるし、家庭の事もある。

私は、別にTさんにお礼を言って欲しかった訳ではなく、気になるのは、「結構、暇なんだ。」と思われたくないだけである。

しかし、Tさんはこの日記を読んでいないと思うので、伝わらないだろう。

だんだん、この日記が愚痴っぽくなってきた気がする。

アクセス数も減ってきているし、あえてストレス発散の場にしてもいいかも(笑)

書いてる私自身が、本当は楽しい事を書きたいと一番に思っているのは、誰でも想像が付くと思う。

しかし、楽しい事が無い!

毎日、毎日、楽しい事なんてある訳が無い!

たまに書く日記であれば、楽しい事や面白い事があった日だけ書けば良いのだが、ほぼ毎日書いていると、そんな訳にはいかないのだ。

元々の、この日記のコンセプトは、”議員は普段、どういった事をしているのか”という内容を分かり易く、市民に知らせる事だった。

しかし、中々、アクセス数が増えていかなかったので、”喜怒哀楽”という二つ目のコンセプトを考えた。

楽しい事や、嬉しい事、悲しい事や、腹の立つ事まで、書ける範囲で、どんどん書いていって、読者を増やそうと思った。

でも、実際には、そんなに楽しい事や嬉しい事は多くない。

現実は、そんなに甘くないのだ。

一度、人気のあるブログを研究してみようかな・・・

ある議員がこんな事を言っていた。

忙しくてバタバタしたり、何かミスをすれば「頼りない」と言われ、淡々と仕事をこなせば「必死さがない」と言われ、どっちにしろ悪く言われる場合がある。ここまでして続けていくものなのかなと考えてしまう事もある。

本当に共感できる。

来週は、ほぼ選挙一色の生活になる。

書ける範囲の内容で、この活動日記を書いていきたいと思う。

選挙中の活動って知りたいですか?

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2007年4月11日 (水)

キーボード

一日中、パソコンに向かって研修の報告書の作成をしている。

まだまだ終わらない・・・

この日記を書き終わってからも、また続けるつもりである。

ずっとキーボードで文字を入力をしていると、寝る前などに変な感覚になる事がある。

何かの言葉が心の中で浮かんだり、何か思ったりした時に、まずキーボードが浮かんできて、そのキーボードに入力している事を想像してしまうのだ。

同じ症状になっている人いませんか(笑)?

提出期限が迫ってきているので、だんだん焦ってきている・・・

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2007年4月10日 (火)

準備

研修の報告書を作成した。

まだまだ終わらない・・・

そして、夕方からNさんと会う。

そして、安城市に向かい、安城市議会議員 石上まことさんの事務所に行った。

石上さんは、選挙前の準備で大変そうだったが、選挙まで1週間を切ったので、後は突っ走るしかない。

そして、石上さんの同級生がオーナーの居酒屋に1人で行き、トマトジュースを飲みながら、ここでも選挙準備の話になる。

そして、夜の10時30分に、安城市議会議員 永田あつしさんの事務所に行くと、永田さんは帰宅した直後だったが、永田さんの同級生の方5人が、街宣ルートなどの選挙準備をしていた。

先週の金曜日から毎日、集まっては、深夜まで準備をしているとの事だった。

こういった同級生の方達は、何の見返りも求めずに、純粋に安城市を良くしたいという志だけで集まっている。

見返りを求める人や、利害関係のある人の方が必死に応援するのかもしれないが、やましい部分があるのか、全力で応援できない気がするのは、私の勘違いだろうか。

「自分のため」よりも、「皆のため」の方が、純粋な分だけ精一杯の応援ができるのかもしれない。

日に日に、私も選挙モードになってきた。

先週までは、10時くらいから18時くらいまで手伝おうかと考えていたが、早朝の駅立ちから夜の会議まで、行ける日はフル活動する事に決めた。

私の選挙と勘違いしない程度に全力で頑張ろうと思う(笑)

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2007年4月 9日 (月)

報告書

ここの所、研修の報告書ばかり書いている。

市民に公開される事もあり、適当には書けないのだ。

しかし、まだ昨日のショックが抜けていない。

他の国会議員事務所で秘書をしていた人で、私が知っている人は全員、当選したのだが、同じ事務所で働いていた後輩が落選するのは、本当に残念である。

岡崎から何時間もかかる遠い市の事でもあり、詳しい選挙態勢は分からないが、どうやら仲間の候補同士で共倒れしたらしい。

4年前の選挙では、1人しか立候補していないので、今回、2人も擁立したのは無理だったのだろうか。

しかし、本当に限界まで票をかき集めたのか。

もっと他にやり方はなかったのか。

ついつい答えの出ない事を考えてしまう。

うーん。

こういう時はなんて声をかければ良いのだろう・・・

6月議会が終わって、駅での演説が一回り終了する夏頃に、会いに行ってみようかな。

ああ・・・

来週から始まる選挙が、本当に心配になってきた・・・

と思っていると、応援に行く候補のスタッフの人から夜中に、会議が終わった所らしく相談の電話がかかってきた。

「かなり準備にバタバタしてて・・・」

早く報告書を完成させて、手伝いに行きます!

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2007年4月 8日 (日)

投票日

本日は投票日だった。

岡崎市だけではなく、日本中のいたる所で選挙が行なわれた。

その中で福井県議会議員 鈴木こうじさんが2期目の当選をした。

鈴木さんは、年齢は私の2歳下だが、私が秘書時代に、東京事務所で政策秘書を務めていた先輩である。

本当に嬉しい事だ。

しかし、今回、28歳で市議会議員選挙に初挑戦した後輩が落選してしまった様だ。

市のホームページを何度も何度も確認しても、やはり定数よりも1人分だけ順位が多いのだ・・・

得票数は、私が岡崎市議会議員選挙で得票した2546票の倍近い票数なのだが、大きな市だけあってボーダーラインも高いのだ。

ただ、残念な事に、昨年のボーダーラインよりも多い票を取っているのが本当に悔やまれる。

その時によっての当落は誰にも分からない・・・

思い返せば、私が手伝いで関わってきた選挙や、直接の知り合いの選挙は、今まで当選ばかりしてきたので、今回の結果はかなりショックが大きい。

4月15日から始まる市議会議員選挙には、3ヶ所の市で、現職2名と、秘書時代の後輩2名が初挑戦する選挙があり、合計で4名の応援をしている。

これで、私が勤めていた国会議員事務所の中で議員志望の仲間は全員、立候補する事になる。

特に初挑戦の2人は頑張れ!

最後まで気を抜くな!

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